〈特集〉アフリカ食文化研究の新展開

「特集:アフリカ食文化研究の新展開」について

 

 個人的経験から始めて恐縮だが、私はこのところ何を研究しているのかと尋ねられると、「アフリカの食文化を研究しています」と答えている。すると「そうですか、おもしろそうですね」とあたりさわりのない反応が多いが、「アフリカの食文化ですか……」と言葉に詰まったり、あるいはもっと素朴に「アフリカにも食文化はあるんですね」といった反応もある。研究者でも研究者でなくても反応がそう違うわけではない。私自身、他の人の研究テーマを聞いてもそうですかくらいしか言えないことも多く、お互い様である。ただ、胸の奥底にはどこか残念な気持ちを抱えている。もう少し何とかならないか、仮に私が「ヨーロッパの食文化を研究しています」と答えていたら相手はどういう反応だっただろう、きっと違ったのではないかと。こうした思いを抱いている研究者が多いからかはわからないが、今回思いがけず多数の方が本特集に参加してくれた。

 本特集号の経緯を簡単に説明しておきたい。2019年12月に「アフリカ食文化の深淵に迫る」というシンポジウムを京都精華大学で開催した。ノンフィクション作家の高野秀行さんが話されることもあり大勢の人が来場した。司会を務めた私の不手際から時間を大幅に超過したが、自由闊達に議論できたように思う。この日の打ち上げで、「これくらい関心を集めることができるなら、アフリカの食文化についてどこかにまとめて発表するといいのでは」という話になった。編集代表の松田正彦さんに打診したところ、大変前向きな返事をいただいた。これが本特集の始まりである。

 翌2020年春にアフリカ食文化研究会1)を開催して特集について話し合う予定だったが、コロナ禍に見舞われ研究会どころでなくなった。ようやく8月にオンラインで開いた研究会で2日間議論し、実質的な企画を立て、執筆者もほどなく決まっていった。その後、紆余曲折はあったが、ともかくも今回10本の原稿を公開できることになり、ひとまずほっとしている。

 冒頭の話題に戻ると、私は何を研究しているのかときかれると、じつは少し前まで「アフリカの農民のことを研究しています」と答えていた。もちろんそこでも「そうですか……」と話がふくらまないことがほとんどだったが、それでも「アフリカにも農民はいるんですね」といった反応はなかった。アフリカに食文化があることは知られていなくても農民がいることはみな知っているのである。じっさい、アフリカの農民の生業(農業)については論文・書籍とも日本語のものだけでもかなりの研究蓄積がある。しかし食文化については残念ながらそうではない。5年あまり前に『食と農のアフリカ史』という書籍(石川ら 2016)を編者の一人として上梓したが、そこで痛感したのはアフリカの食についての研究が極端に少ないことだった。本年逝去された小川了氏のモノグラフ(小川 2004)は今も貴重な貢献である。

 アフリカに暮らす人びとの生業研究は豊富であるにもかかわらず、そこで得た食物をどのように人びとが食べているのかについて、狩猟採集民の食物分配以外、あまり関心がもたれてこなかった。なぜか。それに答えることは容易でないが、一つの可能性として、食料の生産や確保こそが重大事であって、その消費はそれほどでないといった考え方が、アフリカの食をめぐる議論の根底にあったのかもしれない。アフリカでは食糧問題が長く懸案事項としてあり、それは今も続いている。ただ食料が十分にさえあれば、食は豊かであるかといえば、必ずしもそうではあるまい。人びとがどのような社会文化的文脈のもとで何をどのように作って食べているか、その中身や過程についてももっと広く目が向けられていいはずである。アフリカで調査している人たちがその食の実際を広く発信しなければ、一般の方や他分野の研究者にアフリカの食文化が理解されることはまずない。本特集によってこうした流れが多少とも変わることを願う次第である。

 本特集は、アフリカの食文化に関心を持ち、話題がある方に積極的に寄稿していただいたものである。とりあげる地域はアフリカ東部を南北に貫く大地溝帯周辺のものが多いが、方法論や問題意識はさまざまである。数世紀にわたる旅行記などの膨大な文字記録を渉猟した歴史学的研究(石川)もあれば、民族の接触・交流などによる食文化の変容を考察した人類学的研究(下山、原子)、調理に関する人びとの技術や知恵(在来知)に重きを置いた研究(藤本)もある。これらアフリカ食文化の基層をなす話題を「I アフリカ食文化の歴史と多様性」にまとめた。また、観光(八塚)・難民(村橋)・都市化(清水)など現代的な事象に目を向けながら考察した研究、環境への配慮により新たな調理用燃料の導入に向けての実験的研究(浅田)、質問票調査による栄養摂取に関する食事データ分析を行った研究(石本ら)もある。さらにアフリカの食にも大いにかかわる食料安全保障についての論考(池上)もある。これら現代的事象にかかわる話題を「II アフリカ食文化の現代的展開と課題」にまとめ、本特集号を二部構成にした。なお、執筆者のアフリカでの研究歴にもじつは大きな幅がある。このように本特集は研究関心・方法論・地域・研究歴などいろいろな意味で多様なもので構成されている。それでも、アフリカの食文化についてこれだけ集まるのは日本語のものでは初めてであるし、また英文のものなどにもないかもしれない。今回の企画は第一歩にすぎないが、こうした研究が今後より活発になっていくことに期待したい。

 常日頃から共食がさかんなアフリカで人びとはどのように現在のコロナ禍を経験しているのか、伝え聞くこともないわけではないが、詳しくはわからない。おそらくアフリカの食文化はコロナ禍で新たな局面を迎えており、その解明は今後の重要課題である。本特集では基本的にコロナ前に蓄積した知見を提示したい。

 最後になったが、今回本誌で特集を組ませていただけたのは、食文化は広い意味で農耕文化の一部であるという理解があったからと想像するが、そうしたなか常に冷静かつ寛大に接していただいた本誌編集委員長の松田正彦さんはもちろん、農耕文化研究振興会代表の田中耕司さんほか編集委員の方々には粘り強くご対応いただき、厚くお礼申し上げたい。

 

2021年12月  

藤本 武*   

 

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*富山大学学術研究部人文科学系(Faculty of Humanities, University of Toyama Academic Assembly)fujimoto@hmt.u-toyama.ac.jp

 

1) 科学研究費補助金(基盤研究B)「アフリカ食文化研究の新展開:食料主権論のために」のメンバーを中心に2018年度から行っている研究会。本特集号の発行も、この科研費を一部使用してのものである。

引用文献

石川博樹・小松かおり・藤本武編(2016)『食と農のアフリカ史──現代の基層に迫る』昭和堂。

小川了(2004)『世界の食文化11──アフリカ』農山漁村文化協会。